第七话「天才料理人シロ 地下帝国に到着する」
《缇蕾娅的烦恼》 · 里奈使徒 · 4989 字
僕は、ベジタ村のシロ。
長年【見習い戦士】のミソッカス。
村の子供にも腕力で負ける僕は、一番下の【見習い戦士】だ。
それが今や……。
僕は、狼フェンリル族の第二十四代【族長】に就任してしまったのだ。
獣人族に伝わる十五の試練無しで、異例の大出世である。
前代未聞の話で周囲からの妬みがすごかった。
皆、殺さんばかりに僕をにらみつけてくる。特に、【副族長】のガウなんて闇討ちをしかけてきたほどだ。
幸いギルさんが近くにいて、返り討ちにしてくれたから助かったけど……。
次、独りでいたら絶対に殺される。
はぁ~ため息が出てしまう。
族長やめたい。
腕にはめてある【族長】の腕輪を見る。
赤黒く、不気味に光っていた。
この腕輪は、代々の【族長】の血と汗が染みこんだ戦士の証である。こんな由緒ある逸品に対し、僕の細腕ではあまりに不釣り合いだ。
そもそも狼フェンリル族の【族長】は、たえず戦場に出て武勇を示し続けなければならない。それが戦闘民族としての矜持だ。
肩書だけとはいえ、僕は【族長】である。少なくとも、一回は戦地に出て敵将の首を取る必要があるだろう。
刀を持って人を斬りつける……無理、絶対に無理。
想像できる。
震える手で刀を持った僕は、棒立ちのまま動けない。そこを雄叫びを上げて襲ってきた敵になすがまま切り殺されてしまう。
「遠慮するでない」
先代のベジタブル様が生きていたら、血の涙を流していた光景だ。
ギルさんは、いきなり殴るような野蛮な奴じゃない。
王都でジャシン軍にお仕えするんだ。
「え、えっと……」
「族長の仕事は不要だ。お前はあくまで料理人、料理のことを一番に考えておけ」
戦闘民族としての誇りもない。
そして、僕の話を聞き終わり、ふ~と大きくため息をついた。
「お前が族長に就任した理由は、肩書が必要だからだ。ティレア様の御前で『狼フェンリル族の族長・・シロ』と口上を述べるためだけのものだ」
……うん、これでよかったんだ。
はは、そういうことか。
僕は、これよりジャシン軍第二師団所属【軍曹】のシロだ。
本来、族長以外に触ってはいけない由緒ある腕輪だ。人族に降伏した際も、これだけは徴収されなかった。村民が全滅してでも守ろうとした狼フェンリル族に伝わる神器である。
「はいっ!」
「わかりました」
「はい」
族長の仕事なんて考えるだけ無駄になったわけだ。
ギルさんはそう言って、小さく笑みを浮かべた。
帰る場所がなくなった。
「お前が統治について、気にやむ必要はない」
「あぁ、頼りにしているぞ。第二師団の浮沈はお前にかかっている。ぞんぶんにその腕をふるえ」
ギルさんの命令を拒否なんて、できようはずがない。
少しあきれ顔になっている。
何より頼りになる。
でも、こんな悩みを話して大丈夫だろうか?
その言葉をもらえたんだ。奴隷扱いされてもいい、ジャシン軍で頑張ってみよう。
ギルさんの力強い言葉に後押しされた。僕は族長としての仕事に大いに不安があると伝えたのである。
「ふっ、よいのだ。お前には期待している」
「シロどうした?」
これほどの大失態、どれだけの武功を重ねても払拭できはしない。
理解が追いつかない。
腕輪を外して、ギルさんに渡す。
僕が【族長】に就任した時点で運命は決定したのだ。
【見習い戦士】如きが【族長】となり戦士の誇りを汚したのだから。
誰かの期待に応えるということをやってみたい。
「ありがとうございました。僕なんかのためにお手数をおかけしました」
「シロ、もういい。その腕輪を貸せ」
歴代の族長なら、殺されても拒否しただろう。
「そろそろ王都に着く。何か悩みがあるなら今のうちに話せ」
「は、はい」
ギルさんの言葉にハッとする。
はぁ~もう一度、ため息が出てしまった。
僕は、もう村には戻れない。
ギルさんが僕の腕輪を指さす。
「あ、ギル様……」
「ようやくふっきれたようだな」
まぁ、僕にそんな度胸はない。
「ギル様、実は――」
ギルさんは腕輪を受け取ると、立ち上がる。
何せ苛烈なジャシン軍の拠点なのだから。
そうだね、不安を抱えたままびくびく仕事をしてたら、ティレアに殺されるかもしれない。
王都行きの馬車の中、向かいに座っているギルさんが、話しかけてきた。
「お前は邪神軍、第二師団所属の台所組【軍曹】の立場にある。それを誇りに思え。チンケな村の長如きにびくつく必要はない」
族長就任は、ジャシン軍の決定だ。異議を唱えたら不敬になるかもしれない。
碌な奴がいない村だ。帰っても馬鹿にされながら奴隷のように働かされるだけである。
「シロ、まだわかっていないようだな」
「そうだ。族長の証とやらのその腕輪だ」
そうだ。ギルさんの言う通りだ。
そして、腕を大きく振りかぶりそのまま腕輪を遠くに投げ飛ばしてしまった。
「お前には、この後大仕事が待っている。少しでも懸念事項があるなら言え。力になってやる」
「えっ!? この腕輪をですか?」
「といいますと?」
「い、いえ、悩みなんて……」
でも、ギルさんの言葉に勇気づけられた。
ギルさんの迫力に圧倒され、居住まいを正す。
戻った時点で問答無用で殺される。
ギルさんは気さくに言ってくれる。
ギルさんは、僕が恐る恐る触っていた腕輪を貸して欲しいと言う。
初代から伝わる戦闘民族の証、【族長】の腕輪を紛失してしまった。
心機一転、王都で頑張ろう。
ギルさんは、腕を組み僕の話を聞いていた。
頼りにしている、期待していると言われたんだ。
「僕に期待ですか」
「で、でも……」
狼フェンリル族に伝わる神器を、ギルさんはゴミ箱に捨てるゴミのように簡単に捨ててしまったのである。
そんなこと、村では絶対に言われない。
「はい」
「これで族長にこだわる必要はなくなったな」
「そうなのですか? でも、一度も戦場に出ない【族長】なんて前代未聞です」
つまり、もうどんなに頑張って族長の真似事をしても意味をなさないのだ。腕輪を紛失した僕は、皆から血祭にあげられてしまう。
「シロ、もう一度念を押す。しかと聞け」
もちろん、王都でも村と同じように奴隷の扱いをされるかもしれない、いや、その可能性は十分にある。
「はい、それは承知しております。ただ、肩書だけとはいえ僕は狼フェンリル族の【族長】です。一度くらいは戦場に出ないと皆が納得しません。ただでさえ暴動が起きる寸前なのに……」
おばあちゃん、見ててね。
おばあちゃん……。
唯一残念なのは、おばあちゃんのお墓に行けなくなったことだ。辛い時、悲しい時、おばあちゃんのお墓に行って泣いていた。
それがもうできなくなる。
物悲しい気持ちになってきた。
ううん、大丈夫。
僕には、おばあちゃんが教えてくれた料理がある。料理を通じて、おばあちゃんを見ればいい。
★ ☆ ★ ☆
王都に到着した。
すごい。
人、人、人……人がいっぱいいる。
それに建物があんなにいっぱいひしめき合っている。
僕は、生まれてから一度も村を出たことがない。
見るもの聞くものすべてが新鮮だった。
きょろきょろと辺りを見渡しながら、ギルさんの後をついていく。
ギルさんは、途中王都の市場や鍛冶屋などを案内してくれた。今後、王都に住む以上色々覚えておくようにとのことだ。
市場では、豊富な魚介類、三陸の海の幸が多く水揚げされていた。他にも大陸から新鮮な野菜、海産物の他にも雑貨や洋服なども売り買いされている。
鍛冶屋では、カンカンと熱い鉄を叩き、剣や斧などを作っていた。もちろん料理に使うフライパンや包丁などもある。
楽しい。
生まれて初めて見る街並みだ。人の営みや活気を感じる。
村では奴隷のように扱われ、無我夢中で料理をする以外なかった。
弱者は、強者の機嫌を常に意識しないといけない。
ここ、王宮ってところと一緒なんだね、きっと。
ギルさんがいつになく饒舌なのもわかる。よほど自慢したいのだろう。
そのおばあちゃんに手ほどきを受けたんだ。
「ど、どうでしたか?」
そうだ。何を勘違いしていたのだ。
独り残された僕は、他の料理人達のもとへ挨拶に向かった。
大丈夫、これでいい。
七、八人ぐらいの人だかりだ。
すごい、すごい。
包丁なんて触らなくてもわかる。
ギルさんの案内でひととおりの建物を教えてもらった後、最後にジャシン軍の拠点に行くことになった。
せわしなくそれらを観察する。
「あぁ、そうだ。お前の対戦相手達だ」
ギルさんの後をついていき、階段を下りていく。
もしかして、村では族長しか所有していないお布団があるかも……いやいや期待するな。雨露がしのげる場所だったら十分すぎる、それだけで最高だ。
珍しい。ギルさんが得意げに話をしている。
村では雨漏りがひどく、すきま風がビュービュー吹くひどい寝床だった。たえず補修しないと嵐に耐えられないあばら家である。
ここで僕は、毎日寝泊まりをして料理を作るのが仕事らしい。
「はい、期待に応えられるよう全力でかんばります」
ここはオルティッシオ達第二師団が用意した拠点なんだ。
「シロ、軽くだが、私なりに他の料理人をチェックしてみた」
「はい、あまりに凄すぎて圧倒されました」
一応、僕は【軍曹】って階級だ。
自然と尻尾がパタパタと揺れ動くのを感じる。
ジャシン軍地下帝国……。
そっか。
普段は寡黙で冷静沈着な人なのに。
おばあちゃんは、最高の料理人だった。
緊張でぶるりと手が震える。
す、凄い。
階段を下りた先、そこはとてつもなくでかい空間が広がっていた。
「うぁああああ! す、すごい……」
この人達が……。
コック帽を被り、包丁を持っている。
「それでいい。お前は普段通り料理をすればよい。お前がナンバーワンだ」
ギルさんは、そう言って厨房を後にする。
これが観光ってやつなのかな?
村ではろくな調理器具がなかった。
勝つ、勝って見せる。
「ふっ、シロ、浮かれるのはわかるが、気を抜かれては困るぞ」
「ギル様、この人達ですか?」
「そうだろう。ここだけではないぞ。各種部屋に一級の調度品も揃えてある」
村にいたときと同じだ。感情を殺せば、僕は生きていける。
もともとは王都の大貴族の隠れ屋敷だったところを奪って改修したらしい。
ここには、聞いたことはあるが、見たことがないもの。未知な器具もわんさか置いてあるのだ。
浮ついていた感情を静め、心に鍵をかける。
「は、はい、申し訳ございません!」
「おい、また現われたぞ」
気を引き締めないと。
おばあちゃんの料理が最高だと僕が証明するんだ。
厨房の調理器具に気をとられていたら、声がした。
それに、見たこともない家具がいっぱいある。室内をあかあかと照らす照明器具や、田舎者の僕でもわかる高級そうな壺や絵が多数置いてあった。
そして……最後にジャシン軍の厨房を案内された。
改修したのは、第二師団団員のジョパンニーって人だ。ジョパンニーは不眠不休でこの地下帝国を作り上げたとか。
怒らせないように、不愉快な言動は慎むように。
広い、そして無数に部屋がある。
そこそこ上の身分みたいだし、期待してもいいのかな?
ギルさんに窘められた。
「そうなんですか!」
この鉄の輝き、切れ味、この包丁だけで食材の食感を自由自在に変えらえるだろう。
僕は、おばあちゃん以外の料理人を知らない。
気を抜いて無礼を働けば、即座に殺されるだろう。
「驚いたか? ここはオルティッシオ隊長率いる第二師団が用意した拠点だ」
うぁあ!
あのオルティッシオの主君なのだ。どんな理不尽な命令を受けるかわからない。
僕の寝床、どんな感じなんだろう?
「あぁ、自信を持て。お前ならやれる」
顔を上げると、人がいる。
これから僕は、暴君オルティッシオが畏怖するティレアに仕えなければならないのだ。
ギルさんに地下帝国を案内される。
今日僕は何回驚いたら気が済むんだ。
料理心が刺激されてしょうがない。
どれも凄いの一言だ。
感嘆の声が漏れてしまった。
またもや感嘆の声を出してしまった。
厨房には、フライパンや鍋など調理一式がびっしり揃えてある。どれも一級品だ。
「安心しろ。お前の敵ではない」
「ここだ」