第八话「天才料理人シロ 暴帝ティレアと会う」
《缇蕾娅的烦恼》 · 里奈使徒 · 8842 字
僕は、人族の料理人を初めて見る。
どんな料理人なんだろう?
王都に向かう馬車の中でギルさんに詳しい話を聞いた。
もともとこのジャシン軍の御飯はティレアが作ってたらしい。
最初、トップが御飯を作るなんて想像できなかった。たいていそういうのは下っ端の役目だ。
ただティレアの趣味が料理らしく、そういうこともあるのかな、とある程度納得した。
人族の風習はよくわからない。
そして、いつもティレアからご飯を振舞われて部下達は恐縮していたらしいね。
トップのお手を煩わせて申し訳ないって。
自分達で作るって言ってたようだけど、ティレアがそれを許さなかったらしい。素人が料理を作れば、食材を無駄にしてもったいないからだって。
そこで部下達は考えた。
それならプロの料理人を連れてくればよい。
早速、軍議が開かれ、各々で優秀な料理人を集めることになったとか。
ティレアのお眼鏡に適う一番優秀な料理人を連れてきた者に今月の【ジャシン栄誉賞】を授けるみたいだ。
そういえば、オルティッシオが凄い剣幕で「死んでも勝てッ!」って脅してきた。
よほどその賞が欲しいのだろう。
他のジャシン軍の幹部達も同じらしい。
その褒章目当てに有能な料理人を連れてきているとか。有名料理店を切り盛りしている料理長とか、人族が大金を払ってまで食べにきている売れっ子料理人達だそうだ。
この人達がその凄腕料理人……。
緊張しながらもペコリとお辞儀する。
僕が、僕が一人前だったらよかった。
部屋の端っこに移動してしばらくすると、人族の料理人達が料理を始めた。
ミソッカスの僕が族長と名乗りを上げ、挨拶をした。
「だめだ。ここに一人だけレベルの低い奴が紛れ込んでいるぞ」
僕は、命を懸けて料理を作っている。一食作るたびに命を込めているのだ。
人族の料理を観察して三十分が経過した。
「なぁ、下手な料理を作ったら絶対罰を与えられるよな?」
「で、でも、僕、料理が得意です」
大きさや艶を意識せずに茹でられた野草等。
「ひょえええ! まじかよ、恐ろしい」
最初の印象はそれだ。
僕なんかよりも遥かに優れた料理人だった。
獣人の風習とは異なるのだ。
「か~その程度かよ。じゃあ料理の【炒】【燻】【焼】【蒸】のサイクルぐらい知っているよな?」
湿度も温度も全く考慮せずに切られた芋。
最後に味覚がわからなくなった。
これが獣人だったら、まずはどの程度の強さか値踏みするように威圧してくるのに。
おばあちゃんは十二分に優れた料理人だったのだ。
「え、えっ!? でも、サイクルって意味がわからない」
「おい、聞いているのか?」
おばあちゃん……。
泣き虫で臆病者の僕に、力こそ正義の村で生きる術を教えてくれた。
「えっ!? あ、あの……」
「多分な。あの恐ろしい奴らのことだ。解雇なんて甘い処置はしないだろう。鞭打ち、いや、下手したら殺されるんじゃないか?」
人族の料理人達は、【族長】という言葉にかけらも興味を示さなかった。
その日、その日で手順は違うのだ。
……この人達は、本当に料理人なのか?
「お前、料理できるのか?」
「サイクルですか……それになんの意味があるのですか?」
飢饉の時も、腐ったもの、毒性のあるもの、およそ食べるものでない食材を魔法のように、美味しく栄養価のある食材に調理した。
傲慢な人は苦手だ。
食材は様々な種類がある。同じ種類でも大小、艶、新鮮味、さらに気温や湿度も考えたら……調理にサイクルなんてありえない。
「ランク? え、えっと、それはどういう意味ですか?」
最初に抱いていた緊張は、もはやかけらもない。
代わりにあるのは怒りと失望だ。
下手な料理を作ったら殺されるのは当たり前だ。
耳が遠くなって、
はは、ギルさんの言う通りだ。ここでは【族長】なんて何も意味をなさない。
どの村も困窮して食糧の奪い合いだった。
「おいおい、まじか。お前国指定の料理免許持ってないのかよ!」
「あ、あのよろしく。ベジタ村出身、狼フェンリル族、族長・・のシロと申します」
どうりで、こんなに不味くて下手な料理しか作れないんだ。
人族は、こんな人達が作る料理に大金を払って食べているのか!
村の戦士達は、腹を空かせいつも機嫌が悪かった。
人族の料理人はどんな料理を作るのか?
目つきが鋭く、威圧的な人に見える。
おばあちゃんは、年を経る毎に五感が鈍くなっていった。
「ご、ごめんなさい。はい、一応できます」
でも、どんなに優れた料理人にも、終わりはやってくる。
おばあちゃんの代わりを務められなかった。
「得意ねぇ~どこかの料理店で修業をした経験はあるのか?」
あまりに、これは……あ、あ~あ、あ!
なんで……そんなひどい。
それにしてもサイクル?
そして……。
動揺し二の句が告げないでいると、一人の料理人が質問をしてきた。
でも、こと料理に関しては違ってたらしい。
僕に料理の手ほどきを教えてくれたのはおばあちゃんだ。
おばあちゃんの味覚がなくなったその年、ベジタ村周辺で大飢饉が発生した。これまでに類もないほどの食糧難である。
何を今更。
どんなに殴られても、どんなに侮辱されても、生きるためにヘラヘラと笑い我慢してきた。
優しくて、暖かくて、僕をいつも見守ってくれていた。
なんというお粗末、なんという不手際だ。
とにかく学ぼう。
ランク外と聞き、人族の料理人達は胡散臭そうに僕を見ている。
目が見えにくくなって、
なのに……。
ガウが聞いたら目を見開き、殴り殺していただろう。
緊張しているのかな?
信じられない。
あの人は何を言っているのだろう?
腐った食物、およそ食べられない物、それすらもこと欠く状況であった。
「話にならねぇ。ここにはな、国指定の料理免許Aランク以上が集まっているんだ。ランク外はお呼びじゃないんだよ」
料理を作りながら、人族の料理人達が怯えている。
弱いから、情けないから、しょうがないんだって。
食材が悲鳴を上げている。
やっぱり人族の風習はわからない。
へたくそぉ!
「ありません。でも、村のご飯は全部僕が作ってました」
「あ、でも、村ではずっと料理をしてきました」
料理を作れなくなった。
体操座りをして、人族の料理を観察する。
最高で偉大な料理人だったおばあちゃん……。
例え味覚がわからなくなっても、豊富なレシピを持っていた。長年積み重ねてきた経験は、筆舌にし難い技量であった。
「ふぅん、じゃあランクは?」
A級食材が次々と台無しになっていく。
だんだん耐えられなくなってきた。
「おい、なんで獣人がいるんだ?」
この人達は、今まで命をかけずに料理を作っていたのか?
はは、僕にもこんな感情があったんだ。
ううん、違う。
「おい、俺達はプロ中のプロの料理人だ。素人は、すみっこで大人しくしておけ!」
殴られたらたまらない。大人しく隅っこに移動する。
当時の族長ですら空腹だったのだ。
そんな状況で食事が出せただけでも、奇跡である。
偉大な料理人だったおばあちゃんだからこそ、成しえた偉業だ。
でも、味覚がマヒしていたおばあちゃんは、その日、塩加減を幾分間違えて料理を作ってしまった。
そして、まずいと料理を投げつけられ、
おばあちゃんは……殺された。
うぅ、うぅ、くそ、くそぉお!!
Aランクの料理人?
有名料理店の店長?
どっちが素人だ! ふざけるな!
こいつら料理について何もわかっていない。
偉大な料理人だったおばあちゃんが殺され、なんでこんな下手くそ達が名誉を得て、いばっているんだ。
こんなの料理じゃない。
食材をいたずらにこね回しているだけだ。
ずるいよ、ずるい。
涙が出てくる。
悔しい、悔しい。
心の奥底に沈ませていた感情がどんどん膨らんでくる。
あんた達は、おばあちゃんの足元にも及ばない。
あぁ、わかった。この怒りの正体がわかっちゃった。
モチキチは、まだまだ食材に助けられている感は否めない。大金を払ってまで食べようとは僕は思えない。
「そうだろ。炎を制する者は、料理を制する。料理の基本は炒飯で決まるんだ。覚えておけ」
次元の違いを見せつけてやる!
結果、殺されそうになったのである。
見渡すと、人族の料理人達もポツポツと料理を完成させたらしい。
最高の料理人は、おばあちゃんだ。それ以外いない。
厨房には近づくなと言われたので、手持ちの包丁と鍋を使えばいい。
ここは苛烈なジャシン軍の拠点だ。
最高の料理が作れた、きっとお褒めにあずかるだろうとか、
「おい、ボケっとしてていいのかよ」
プロ中のプロの料理を見せると言う。
食材は……どうしよう?
落ち着け、落ち着くんだ。
僕は、F級と言われる産業廃棄物ですら料理に昇華できるのだ。
本来、食材というものは、余すところなく使えるのだ。それもA級食材ともなれば、捨てるところなんて皆無である。
はっ!?
モチキチを中心に料理人達が盛り上がっている。
すごい。
人族の料理人の言葉に我に返った。
僕が本当の、究極の料理を見せてやるんだ!
「「はいっ!」」
僕は、冷静だ。
「はい、さすがS級料理人、味王モチキチさんだ。完璧な炒飯でした」
ベジタ村以上に慎重に行動をしなければならない。感情を表に出しては絶対にだめだ。
これだけの食材を調理できて光栄だったとか、
他がひどすぎるから。
のんきなことを言っていた。
料理が趣味と言っていたティレアにも見せてやる。
ジャシン軍で成り上がって見せるとか、
村の貧相な食材では、あと十三工程を踏まえないとスープの出汁すら作れない。
「すげぇええ! なんて美しい炒飯だ」
僕は、生きなければならない。
まだマシな料理だったのは、赤毛の髪が長い少女。
「あ、僕?」
「お前達、その意気だ」
これ以上、おばあちゃんのことを考えるな。考えるとおかしくなる。
ただ、まぁ他と比べればモチキチの炒飯は、まだ料理と言える。
「そうか。モチキチさんはあの上級大将であられるニールゼン様の推薦でこちらに来られたのですね」
名前は確か……。
「どうだ。俺の最高傑作【フラワーロード】の完成だ」
「おい、あの獣人、生意気にもこっちをにらんでやがるぞ」
うん、もう他人はどうでもいいや。
しかたがなかった。
こんな下手くそ達が最高の料理人だと言う。
「そうだろ、そうだろ。罰を恐れてどうする! これだけの食材を扱える機会はめったにない。料理人の誉れだろうが。楽しめ、楽しめ。ぞんぶんに楽しんで料理を作ればいいんだ」
脂肉の表面が茶色に変化するのを待ち、すばやく水気を切る。そして、キャベツの端切れと茄子のヘタをすり潰したものを魚のアライと混ぜ合わせ、煮る。
だが、知ったことではない。
ゴミ箱の中に下手くそ達が捨てた食材があるじゃないか!
……僕はなんてことを!
以前、ガウに大怪我を負わされた時と同じ過ちをしでかそうとしていたよ。あの時もおばあちゃんを侮辱され、感情のまま怒りをあらわにした。
それは違う。
かろうじて料理と言っていいのは、二人だけ。
そして、もう一人。
「おぉよ。俺は、あの人のどこまでもストイックな性根に惚れ込んだのさ。俺の腕は、あの人のためにある」
食材の質が良すぎる。
ゴミ箱を開けると、食材達の息吹が聞こえてきた。
そう、モチキチだ。
ゴミ箱に移動する。
「ほっとけ。すねてるんだろ。それより調理だ。手は抜けないぞ」
火を消し、二つまみ分の塩を入れて完成だ。
ふ~深呼吸をして落ち着く。
う~ん、あっ!? そうだ!
一人は、髭が長いおじいさん。
確かに調理器具も食材も超一級品だった。ただ、それを扱う料理人が三流であれば、目もあてられない。
罰を恐れていた料理人達が、この人のリーダーシップで気力を持ち直していた。
えいっ!!
殴られるのは、嫌だ。
すぅ~はぁ、すぅ~はぁ……うん、大丈夫。
僕が近づいたらあの下手くそ達が怒るだろうな。
包丁を取り出し、鍋を置く。
こいつらを観察してわかった。
もったいないと思ってたんだよ。
【アライのスープ】
僕は、僕の仕事をしよう。
炎を制しきれていない。全ての具材にベストな火が通っていない。この炒飯は、六十点だ。
「なるほど。俺達も推薦して下さったミュッヘン様のために負けてられねぇ。モチキチさん、勝負です」
お互いの健闘を称えあっている。
どれも見るにたえない料理ばかり。
後は、タイミングを見て火を消す。
【れいぞうこ】という箱に入っているみたいだ。
人族の料理人は、レベルが低すぎだ。
危なかった。
一度でも下手な料理を作れば、死ぬ。
確か名前は――。
下手くそ達は、茄子のヘタや、肉の脂身、魚のアラなど、調理に使わない食材をどんどん捨てていた。
「当然だ。下手な料理を作れば、ニールゼン閣下に申し訳が立たねぇ」
そうだ。わかっている。こんなのはただの八つ当たりだ。この人達のせいではない。
あの時、おばあちゃんの代わりを務められなかった未熟な僕のせいだ。
村にいたときよりもずいぶん楽だった。
さすがA級食材だ。これだけのみずみずしさがあれば、十分だ。
こいつらに【最高】を名乗る資格はない。それはおばあちゃんのものだ。
「モチキチさん、あなたのおかげで最高の料理を作れました!」
食材が泣いている。
完璧な炒飯?
心の奥底に感情を封印する。
あんなに不味い料理を作ったら絶対にティレアに殺されると思う。
「そうだよ。お前だ。確かシロって言ったっけ?」
「はい、シロです。え、えっと、あなたは――」
「アタイはジャンだ」
そう、ジャンだ。
モチキチ達の一派に加わらず黙々と料理をしていた。
「それでジャンさん、僕に何かご用ですか?」
「ご用って、お前……状況わかっているのか? 厨房の端っこでごそごそ何かやってたみたいだけどよ。厨房に来てまじめに料理しないと、本当に罰を受けるぞ」
「で、でも、僕は獣人で厨房に近づくなって――」
「そんなの気にするな。アタイだって元は奴隷だ。ここで気にするのは、料理の腕だけだろうが。出自は関係ない」
赤毛の少女ジャンは、そう言い放つ。
口は乱暴だけど、これって僕を心配してくれたんだよね。
嬉しい。村ではこんな優しさに触れることはめったにないから。
「優しいですね。僕なんかのためにありがとうございます」
「ば、ばっか。そんなんじゃねぇよ。アタイは、ここで一番の料理人って示さないといけねぇんだ。不戦敗する奴がいたらだめだろう」
ジャンさんは、顔を赤らめながらそんなことを言う。
「ジャンさん、でも、大丈夫です。料理は完成してます」
「完成って――お前ろくに食材集めてなかっただろうが」
「いいんです。それよりジャンさんの料理を見せてもらえませんか?」
「いいぜ。参考にしてもいいが、レシピは秘密だぞ。料理人にとってソースは命だからな」
ジャンさんが作った料理【ガラガラ鳥のソテー】を観察する。
「シロ、ここはけっこうシャレにならない場所なんだ。失敗作を提出しようものなら何をされるかわからないぞ」
それから幾ばくか時間を潰す。
あぁ、もう僕が作ってあげたい。
ジャンさんはそう言うけど……僕が言っているのは、かなり簡単な手法だ。
「ジャンさん、ガラガラ鳥の上に載ってあるシャマの葉っぱをすぐに取り除いて」
「おい、シロ! お前、それ!」
罰を受けて殺される。
ソテーをフライパンに戻し、蒸し直しを始める。
でも、それはルール違反だ。せめて助言をして、応急処置するしかない。
オルティッシオがドリュアスが連れてきた料理人には絶対に勝てって言ってたっけ?
あぁ、人に教えるのって難しいんだな。
人に指示した料理とはいえ、こんなに自信を持てない料理を出すのは初めてだ。
「ジャンさん、お気遣いありがとうございます。でも、本当にこれでいいんです」
「シロ、助かったぜ。お前やるな。アタイの自信作がここまでのものに仕上がるなんて思わなかった」
「そうそう、それから胸肉に圧を加えながら、【燻】と【焼】を三対一で行い、アンチョビを振りかけてください」
もしかして、ここにティレアが来る!?
ドリュアス!?
金髪の女性だ。
けど、優しくしてくれたジャンさんは、別だ。
ジャンさんは嬉しそうに完璧と叫んだが、僕に言わせれば失敗だ。
「お、おい、待て。本当にいいのかよ!」
ジャンさんのソテーは微妙だ。
おばあちゃんがどれだけ教え方が丁寧でうまかったかわかる。
あぁ、だめだ。
失敗だ……。
使いではなく、直接文句を言いに来たのだ。
ジャンさんは【大将】のドリュアスに連れてきてもらったんだ。
そんな気持ちで体操座りしていると、
人族の料理人が死んでも関係ないと思ってた。
それを見ながら僕は、ジャンさんの料理に逐次指示を出していく。
作ったアライのスープをトレーに乗せる。
最上級のガラガラ鳥の胸肉を蒸して作ってあった。
だが、果たしてあのレベルで満足してもらえたのだろうか?
ドンドンと通路を走ってくる足音が聞こえてきた。
「さ、さらっと言いやがるな。さっきからかなり高度な技法を要求しているぞ」
まぁ、これくらいいいよね。
「いいから早く!」
「肉汁を逃す? 香りの本質なら考えて――いや、そうか。圧を加えれば確かに。香りの保存にその手があったか」
「何わけわからないことを言ってやがる。邪魔をするならただじゃおかないよ」
【アライのスープ】の完成形は、あれなのだ。
これでは、ソースの味が台無しだ。
「お願いです。聞いてください。それは普通に蒸すから壊れるんです。圧を加えて肉汁を逃がせば、問題ありません。香りの本質をよく考えて」
「あ、はい……ありがとうございます」
配合が甘かったようだ。
「あぁ、モチキチのじいさんかアタイぐらいの腕がないと絶対に無理だ」
「いや、アライを煮るのはご法度だろ。アライは煮ると出汁が吸収されてしまう。お前ほどの腕で、それがわからないはずが……いや、そうか。お前厨房が使えなかったもんな。手持ちの鍋で煮るしかできなかったんだな。よし、アタイのところを使え。遅れた提出になるが、失敗作を提出するよりマシだ」
「なんだって? アタイの料理に文句でもつけようってのか?」
「ティレア様、お待ちください!」と呼びかけるオルティッシオの声も一緒だ。
「なんでしょう――って、お前そのスープ、アライだろ? それ失敗しているじゃないか!」
僕達が提出した料理をティレアが食べているのだ。
もっとうまい教え方ができてたら……。
僕の【アライのスープ】なら誰にも負けないし。
ジャンさんは、焦って忠告してくれるが、大丈夫だ。
僕の料理なら大丈夫。
「完璧だ!」
「アンチョビとオリーブだと? そんな刺激の強いものを足したらソースの味が壊れる。アタイの料理にこれ以上ケチをつけるなら――」
そして……。
最初からやり直しをする時間は無いか。
蒸すのはいいが、皮の焼き加減が甘い。詰めた香辛料も配分が辛めに偏っている。そのうえ、シャマの葉っぱが強すぎて全体のバランスが悪い。
優しいジャンさんが殺されるのは忍びない。
「ふふ、完璧な料理だ。このソテーは、アタイの自信作になる。これならドリュアス様もお喜びになるに違いない」
うわぁ、きれい。
どんとドアを開けてティレアが現れた。
多少応急処置したので、モチキチ以上の料理にはなったと思う。
これって敵に塩を送ったことになるのかな?
「はい、なんでしょう?」
「おいおい謙虚すぎるのは嫌味だぞ。とにかくお前には借りができた。借りは絶対に返す」
【ガラガラ鳥のソテー改】が完成した。
皆に緊張が走る。
ジャンさんは、僕の助言を理解してくれた。
「じゃあ、アンチョビとオリーブを足して、もう一度蒸し直したほうがいい」
他の料理と比べるまでもない出来である。
アンチョビの香りが強い。
まずいと言って殺されるとしたら、あの下手くそ達だ。ティレアがシビアなら、モチキチも殺されるだろう。
どんどん香りが損なわれていく。
僕が代わりに一から作って上げたい。
オルティッシオがクソ参謀とか言ってた人だ。
「え、えっと、僕は別に……お役に立てなかった」
このままでは、ジャンさんも罰を受けるかも……。
「ジャンさん、いいんです」
「いえ、失敗してません」
後悔している。
「……高度ですか」
本当は、もっともっとシビアに料理をしないといけないのに。
美しく長いサラサラの髪、ばっちりとした二重瞼、目鼻が抜群に整っている。
意外も意外だ。ティレアって、こんなにかわいい顔をしていたんだ。
オルティッシオが仕える君主なのだ。もっと恐ろしい鬼のような顔を想像していた。
想像と全然違う……可愛い。
ただ、その顔は……怒っている?
少なくともすごい興奮しているのがわかる。
ふんふんと鼻息を荒げて、目も血走っているようだ。
あぁ、やっぱりまずい料理に文句を言いに来たのだろう。
おばあちゃんの時と同じだ。
これだから権力者は嫌いなんだ。
血を見る。
これから起こるであろう光景を想像し、下を向く。
血を見るのは、慣れない。
下唇を噛み、覚悟を決める。
大丈夫、僕じゃない。少なくともここにいる料理人全員足しても及ばない、他を凌駕したスープを作った。
あとはジャンさんが作った料理じゃないことを祈る。
「このアライのスープを作ったのは、誰よぉお!!」
アライのスープ!?
ティレアの声に驚き見上げる。
うそぉおお!!
力と破壊の権化ティレアが持っていたもの、それは僕が作った【アライのスープ】であった。
僕が作った料理だぁあああ! なんでぇええ?