第六话「天才料理人シロ ベジタ村の族長になる」
《缇蕾娅的烦恼》 · 里奈使徒 · 7478 字
ジャシン軍へ降伏してから一週間が過ぎた。
皆、疲れた顔をしているが、否が応でも明日はやってくる。
いつまでも族長不在では狼フェンリル族の士気に影響する、ということで新しい族長が決まった。
族長はギウだ。
村の屈強な戦士が軒並み殺され、中堅に位置していたギウが就任するしかなかったのだ。
ギウは村の総意を得るや、すぐにオルティッシオに族長決定を報告する。
「ふん、族長だと? 家畜の分際で生意気だな」
オルティッシオは、肩肘をついてめんどくさそうに相手をしていた。
「は、はい。ギウと申します。どうかオルティッシオ様に族長就任をお認めいただきたく参上に参りました」
ギウは、地面に頭をこすりつけ土下座をする。
族長以下他の戦士達も土下座をした。
僕も同じ位置で土下座をしている。
本来、村のミソッカスである僕の身分ではありえないことだ。
ベジタ村の身分制度では、【族長】→【副族長】→【幹部戦士】→【強戦士】→【中戦士】→【0;小1;戦士】→【準戦士】→【見習い戦士】と続く。
最初は、【見習い戦士】から始まる。試練をクリアしていくごとに身分が上がっていくのだ。
僕は、岩石を十メートルほど動かすという最初の試練で挫折した。小さな子供と同じ【見習い戦士】の身分である。
そして、その【見習い戦士】の中でも上中下と序列がある。僕はずっと一番下のままだ。
【見習い戦士】は族長の屋敷に入れない。
ほとんどの場所が、土足厳禁で裸足だ。さらに言えば、こういう族長就任の集会には絶対に呼ばれない。
【強戦士】以上の身分の者が集まり協議するのが通例なのだ。
「そうだな、収穫物の九割納めればよし」
「オルティッシオ様、我らは降伏しました。ジャシン軍に忠誠を誓いましょう。ですが、税で九割も取られたら、我らは飢え死する他ありません」
文句は、ギルさんに言って欲しいのに……。
絶妙のタイミングである。
「おやめください、オルティッシオ様」
この位置ってどう見ても【幹部戦士】の身分にあたるのに。
「くどい。それより今日の家畜業務はどうした? 休憩時間はとっくに過ぎておろう」
「ははっ、ありがとうございます。これより族長ギウ、偉大なティレア様に永遠の忠誠を誓いまする」
理由を聞いてもギル副長の命令としか答えてくれない。
何せ圧政と言われた前の支配者、アルクダス王国ですら六割だった。
拳を握り、ギウに向けて殺気を放つ。
基本的にオルティッシオは気分屋だから。
オルティッシオを懸命に説得しようとするが……。
なんでここにミソッカスがいるんだと。
エディムが、必死にオルティッシオを説得する。
聞きなれない言葉だ。
皆、力こそ正義の粗暴な奴らである。
オルティッシオは椅子から立ち上がり、ギウに向けて拳を放とうとする。
かれこれ十数時間以上ぶっつづけで働かせておいて、まだ働かせるらしい。
なぜかギルさんの同僚が僕を連れてきたのだ。
誰が族長だろうと、理不尽な思いをするのは変わらないのだ。
オルティッシオも鷹揚に頷いてくれた。
土下座をした後、ギウがオルティッシオにいかに自分が優れた戦士かアピールをしている。
うん、その通りだ。
「エディム、邪魔するな」
皆、殺気を込めて僕を睨んでいる。
ただ、ギルさんの同僚が僕にいつもはりついてくれている。だから、にらんではきても、直接危害を加えることはなかった。
皆が衝撃で声を上げた。
「驚いたか。さもあろう。一割も残してやるのだ。ティレア様のお恵みに感謝するのだぞ」
ジャシン税?
僕にとっては誰が族長でもどうでもいい。
オルティッシオが、さも当然とばかりにうんうんとうなずいている。
「「なっ!?」」
「お、お待ちください。古来より狼フェンリル族を束ねるのは族長の役目です。族長不在が続けば、村民の士気にかかわりまする」
「一割も残してやるとの慈悲、それを無茶だと抜かすか?」
「オルティッシオ様、これ以上村民を殺すのはやめてください。税収に影響します。というか、もう影響してます、というか、いい加減理解しろッ……ください」
「……ジャシン税ですか。承知しました。それで税率はいかほどに?」
いつも人族は、獣頭税とか獣地税とか言っているのに。
オルティッシオが身を乗り出してくる。
エディムのセリフの中に「ティレア様のために」とか「ティレア様は喜びます」とか言っているからか、素直に言うことを聞いてくれるようだ。
オルティッシオはあくびをしながら、それをつまらなそうに聞いていた。
オルティッシオが眉を吊り上げ威圧する。
エディムが的確な突っ込みを入れる。
ギウがだめなら、ほぼ互角の力を持つ副族長のガウが族長だろう。ガウがだめならほかの誰かだ。
「うむ、良い心がけだ。これより貴様は家畜の長として、邪神税をつつがなく納めるのだ」
「エディム、それとこれとは話が別だ。今はこやつの怠惰を懲らしめてやらねばならん」
はぁ~早く終わらないかなぁ。
僕は、平和に生きていたいだけなのに。
「ふ~もう一匹二匹間引いておくとしよう。これほどの怠惰、ティレア様がお知りになればどんなにお嘆きになるか」
「し、しかし、九割などあまりに無慈悲! 無茶です!」
エディムが横から割り込んで制止した。
それでもギウは、族長就任にこだわり続けた。
不満をぶちまけたいようだが、オルティッシオを恐れて言い出せない。
「はぁ、はぁ、ようやくわかってくれましたか。では、族長はもうこいつでいいでしょ」
あと少し遅れたら、ギウに拳が当たっていただろう。
「わかった、わかった。確かにティレア様への食材調達まで滞ってはまずい。これ以上の殺戮はせん」
オルティッシオは、よほどティレアに忠誠を誓っているのだろう。
「貴様……舐めておるのか」
族長就任という大切な儀式に、のこのこミソッカスが現れて、戦士を侮辱していると怒っているのだ。
オルティッシオがぎろりとにらむ。
なのになぜか呼ばれている。
ギウは九死に一生を得て、ほっとしていた。よほど危機と思っていたのか、その顔には脂汗が大量に出ていた。
変わらない。
エディムが肩で息をしながらギウを指さす。
それもほぼ上座だ。
先ほどまで機嫌がよかったのが一変、秋の暴風のようだ。
三日前も同じことを言って村民を殺したくせに、とは言わない。
ギウが真剣な表情でオルティッシオを諭す。
僕だってわからないよ。
村の獣人達が騒ぎ出す。
「オルティッシオ様、我々はいつまでもここに滞在できません。なんにしろ、ここをまとめる長は必要ですよ」
ギウ以下、村の戦士達もこれには閉口している。
オルティッシオもこの村に長期滞在するわけがない。その間のまとめ役は絶対に必要なのだ。
「はぁ~もういい。その程度の強さで戦士と抜かすか。族長など不要、貴様らは全員【家畜】でよい」
「わ、我らは骨身を惜しんで働きます。で、ですが、やはり暴利、無茶苦茶でございます!」
「無茶ではない。それは怠惰と言うのだぁあ!」
「うぎゃあああ!!」
オルティッシオがギウの顔面に容赦なく拳を入れた。
ドスンという凄まじい衝撃音が響く。
ギウは、顔面に拳大の大穴を開けて血を流す。ピクピクと痙攣後、そのまま息絶えた。
「改めて家畜の長を決めるか」
オルティッシオはそう言って、その場はお開きとなった。
やっぱり殺すんだ。
暴君オルティッシオ、皆も同じ思いだっただろう。
数日後、再度族長会議が開かれた。
家畜の長という物言いはともかく、ベジタ村の族長となれるのだ。しかも十五の試練も無しにである。
ギウが殺されたとはいえ、喜び勇んで志願した連中は多数いた。
だが、なんだかんだいちゃもんをつけられ、軒並みオルティッシオに潰された。
ある者は「お疲れ様でした」とねぎらったら「この程度で疲れるかぁあ!」と殴り殺された。
またある者は、自分の頑健さをアピールしたら「じゃあ試してやる!」と殴り殺された。
皆、顔を見合わせている。
「どうした? 他にいないのか? 家畜の長になるだけだぞ」
オルティッシオの大声が響く。
オルティッシオの前には、獣人達の屍が多数横たわっている。
うそ!
「むうぅ、ひととおり見渡してみたが、どいつもこいつも脆弱な有象無象ばかりだ。指名する気がおきん。エディム、貴様の意見は?」
今はオルティッシオの手前、何もされていない。だけど、独りでいたら絶対に襲われると思う。
「そうですぜ! そいつは戦士でもない。戦えもしない臆病者。ただただ皆の飯を作ってきた弱虫の雑用ですぜぇええ!」
嘘だ。何かの間違いだ。
オルティッシオの声のトーンが変わった。
「こればかりはオルティッシオ様に同意です。どれも代わり映えしない汚い連中です」
ギルさんがガウに命令する。その表情はどこまでも冷たい。
誰よりも弱そうな僕が選ばれるわけがない。選ばれちゃいけない。
「ふー、しかたがない。こちらから指名するか」
オルティッシオとエディムが値踏みをするようにこちらを観察する。
「まぁ、たしかに。弱すぎなのも問題ですよね」
「まぁ、そうだな。こいつらに戦闘力を期待するのも愚かだ」
誇りある狼フェンリル族に向かって言いたい放題だ。
それからガウは、僕がどれだけグズで弱虫なのかをエピソードを交えて話す。
ギウ亡き今、力量あるものはガウしかいない。それを見越して言っているのだ。
「隊長、状況は理解しました。で、あるならば、族長はそこにいるシロです。それ以外考えられません」
「ふむ、あいつか。弱そうだな」
「オルティッシオ様、あいつにしましょう」
「そうだな。それならば、お前が――」
「おぉ、ギルか。緊急で地下帝国に行くと言っていたが、用事は済んだのか?」
その顔は嫉妬と悪意に満ちていた。
顔は整っていて美人、華奢で頼りない、村の戦士達の餌食になるのは明白だ。さすがにそれは忍びない。
「そうですね、オルティッシオ様。やる気のない奴らに何を言っても無駄です」
ひどい言われようである。
オルティッシオは、副長のギルさんをよほど信頼しているのだろう。今までの状況をつぶさに説明していく。
オルティッシオがガウを族長にしようとした矢先、ギルさんが現れた。
エディムが僕を指さして言う。
オルティッシオはともかく、エディムには強い敵意が向けられていた。
「「「「なにぃいい!!」」」
頼りにしている。そんな雰囲気を醸し出していた。
すぐに顔を伏せる。
族長就任のチャンスをミソッカスの僕に奪われるのは、よほど頭に来たのだろう。オルティッシオの前だというのに、わめき散らす寸前の勢いだ。
「はい、村の第一の試練さえ突破できない軟弱ぶりでずぜ」
「そうか、そうか。で、お前が戻ったのなら都合がよい。ギル、お前の意見も聞こう」
「はっ。少々手続きに時間がかかりましたが、完了しました」
「そいつは村のミソッカスです。仮にも村を束ねる地位には不適かと」
他の村民達もガウに賛同して、やいのやいの悪口を言ってくる。
皆、怒っている。
経験上、権力者に目をつけられたら、ろくな目にあわない。
「オルティッシオ隊長、お待ちください」
エディムいいのかな?
「あ~お待ち下さい」
「少し黙れ」
この物言いに、狼フェンリル族の戦士達のこめかみに青筋が浮かぶ。
そんな感じでエディムを見ていたら……。
誰もいない。
ガウが唾をまき散らしながら訴える。
「はい、弱いでしょう。ですが、小奇麗な顔をしております。どうせこいつらは脆弱です。汚らしい奴よりましかと」
背後を振り向く。
指差した方向は僕がいる場所だが、ほかの人だよ、きっと。
「へっへ、そうでしょ。でしたら、他に腕っぷしの立つ奴を選んだらどうです?」
えっ、えっ、えっ?
でも、事実だから何も言い返せない。
くやしい。
「し、しかし、ギルよ。その家畜は家畜の中でも特に脆弱だと聞くぞ。そんな奴を長にして、ティレア様のご不興を買うわけにはいかぬ」
オルティッシオが眉を下げて困ったように言う。
志願ではなく指名であれば、必死にアピールをする必要もない。オルティッシオの逆鱗に触れる可能性は低いだろう。
あれが未来の自分の姿になると思うと、二の足を踏んでいるのだ。
そんな理由で族長が決まるの?
こんなか細い身体では、村の戦士達にはかなわない。
さりげなくガウが自分をアピールしている。
族長にはなりたい。だが、命は惜しいという心境だろう。
村の皆が絶叫した。
「なるほど。そこまで脆弱な家畜では、たかが家畜の長もこなせんかもしれんな」
しかし、ギルさんは僕をビッと指さし、確信に満ちた目で見ていた。
皆、怯えながらも期待に満ちた表情をしていた。
僕も意味がわからず絶句している。
オルティッシオ達は、適当な理由で僕を族長にしようとする。その時、ガウが横槍をいれてきた。
ぼ、僕じゃないよね?
「ミソッカスだと!?」
あ、エディムと目があってしまった。
「し、しかし、こんなミソッカスを――」
「今は大事な話をしている」
「それならなおさらですぜ。こんなカスが族長では皆の士気が駄々下がりだ」
「いいから黙れ。二度も言わすな」
「ち、ちょっと待ってください。俺の話を――」
「邪魔をするな!」
「ふべぇええ!!」
ガウはギルさんに裏拳を入れられ、ふっとんだ。
まるで紙屑のように簡単に飛ばされた。
ガウは死んではいないが、白目をむいて気絶している。
「オルティッシオ隊長、シロは優れた料理人です。近いうちに地下帝国に連れて行こうと思ってます」
「なんだと!? ではティレア様の――」
「はい、シロは筆頭候補です」
「間違いないか? ティレア様は、ご趣味の料理に大変熱を入れられておられる。半端者を連れて行けば、ご気分を害するだろう」
「問題ありません。シロを連れてくること、それが今回の遠征中、最大の功績になるやもしれません」
「ほぉ、お前がそこまで言うか!」
えっ!? えっ!? どういうこと?
何か知らないうちにとんでもないことが起きようとしている。
「それでは家畜の長は貴様だ」
オルティッシオが僕を指さし、下知を出す。
それにしても軍曹?
その顔は誇らしげである。【中将】って上から三番目なんだ。まぁ、オルティッシオの圧倒的強さを評価したら妥当だろう。というか二番ではないんだ。ティレアの次にえらいと思ってた。
エディムがぼそりとつぶやいたが、位は複雑のようだ。
「しかし、ギル様、このシロとかいう獣人、やたらとほかの獣人から馬鹿にされております。肩書とはいえ、こいつが族長では統治にいささか問題が生じるのではありませんか?」
うそぉお!!
ギルさん、獣人の掟をまるでわかっていないよ。
僕は一体何をさせられるの?
「下士官ですか」
僕が首をひねっていたら、エディムが地位について補足してくれた。
「そう、気張りなさい。ちなみに私はさらに九個上の【大佐】だから」
エディムがまたもや的確なツッコミを入れてきた。
「却下だ。貴様をティレア様のおわす居城、地下帝国に連れていき、名誉ある仕事を与える予定だ。家畜の村とはいえ、長の肩書ぐらいつけておかねば話にならん」
僕みたいな弱虫では皆を統率なんてできやしない。
ここで僕が族長就任を了承しようものなら、殺されるのは確実だ。
しかも、十五の試練を乗り越えたエリート中のエリートしかなれない戦闘民族の誇り、ベジタ村の【族長】に僕が就任してしまったのだ。
いや、村の戦士達が【三等兵】で、僕はその五個も上なんだ。相当上の地位なんだろう。
「あんた、光栄に思いなさい。家畜のこいつらは【三等兵】。あんたは【軍曹】で、その五個上の身分、いわゆる下士官よ」
ギルさんが僕の肩にポンと手を置いて、気軽に受けろと言ってくる。
誰?
ただ、【軍曹】もそこそこ上の地位らしい。
「どちらにしろもうノルマ達成は絶望だ。だが、我らはシロという【奇貨】を手に入れたのだ。必ずティレア様の覚えはよくなる」
「で、でも……」
絶対に暴動が起きる。
その顔はとてもうれしそうである。
「安心しろ。お前に手を出す輩は容赦せん。村の経営も心配するな。他に代行者を選任する。肩書さえもらっておけばいい」
「うむ、シロならやれる。ドリュアスも他の師団長達の候補にも引けをとらない、いや必ずや圧倒するであろう」
その顔は自慢げである。【大佐】はよほど地位が上なのだろう。
「オルティッシオ隊長の仰るとおりだ。シロ、お前は族長となりこれから王都に来てもらう。私はその手続きをするために村を離れていたのだ」
「半端者はそれが限界だな。私は第二師団師団長にして、【中将】の位だ。上から数えて三番目だ。覚えておけ」
強硬に拒否すれば、これまで横たわってきた獣人の死体に僕が加わるだけだろう。
「はっ、間違いございません」
「ギル様がそこまで――はっ!? では、本当にこいつは?」
「エディム、何か言ったか?」
「エディム、問題ない。反乱が起きたら起きたでつぶすだけだ」
ただ、これだけは言える。
「おぉ、そうかぁあ!! こやつならクソ参謀を出し抜けるか!」
聞いたことがない身分だ。
オルティッシオから何かしらの身分をもらった。
怒涛の展開についていけない。
「オルティッシオ様、申し訳ございません。僕に族長は無理です。どうかどうか栄えある族長の地位は他の者を」
下級?
いや、そんなの無理無理、絶対に無理だ。
ギルさんが太鼓判を押し、オルティッシオが声を高らかに上げた。
【見習い戦士】が族長となる。今までの狼フェンリル族の歴史を紐解いても前代未聞の話だ。
了承するしかない。
皆も最初は動転していたが、事態がわかるにつれて、みるみる困惑と怒りに満ちていくのがわかる。
オルティッシオがさらに補足を入れてくれた。
これだけのテンションのオルティッシオ相手に断ることは不可能だ。
「いえ、別に」
断りを入れるため、頭を下げて土下座をした。
「……下級中将のくせに」
それに、クソ参謀?
「よ、よいのですか? ギル様らしくないと言いますか、それではノルマを達成できません」
「よし、では貴様の身分はこれより邪神軍第二師団所属、台所組預かりの【軍曹】だ」
そうだよ、その通り。やっぱりエディムはツッコミに定評があるよ。