第九話「ティレアの至高のメニュー作り 壱」
《緹蕾婭的煩惱》 · 裏奈使徒 · 9965 字
本日、料理屋ベルムは定休日である。
料理の仕込みもない。
いつもであれば、邪神軍地下帝國の廚房にいる。
日頃お世話になっている皆にお禮の意味で、ご飯を作ってあげていた。
お世話になっている?
お世話しているの間違いだろ?
とつっこむかもしれない。
だがしかし、だがしかしだ。
この地下帝國は、オル父の所有物だ。それを長期に渡り無料で使わせてもらっている。まともに家賃を払ってたら、とんでもない額になってたよ。
さらに言えば、料理屋ベルムは開店資金から材料費まで、多額の資金をオル家から援助してもらっている。
料理屋の経営だけじゃない。奴隷騒動やオークション等、トータルで考えたら、俺のために軽く【億】を越える額を使わせてもらった。
普通に頭が上がらない。
もちろんオル家だけでないよ。軍団員達には、妹のティムがとても仲良くしてもらっている。
カミーラ様、カミーラ様と慕ってくれるのは、多少思う所もあるが、それを差し引いたとしてもだ。
妹が見知らぬ土地で頑張れたのも、気心が知れた仲間がいたおかげである。
ティムが悪役令嬢のエリザベスともめた際には、命懸けで戦ってくれた。
照れくさくて本人達の前では言わないけど、彼らには感謝しているのだ。
中二病で困らせる時もあるけど、大切な仲間だ。
だから、ご飯ぐらい作らせてってね。
それなのに……。
続々とテーブルに料理が運ばれてきた。
絶対に素人さんが作った料理じゃない。
そうだよ。こいつらはニートだが、いいところのボンボンだった。父親にハワイで弓の射ち方を習うぐらい裕福な家庭である。いざとなったら家の専屬料理人を集めるぐらいわけないだろう。
料理人の矜持も大切だけど、今日ぐらいは彼らに甘えるか。
「ティレア様、どうでしょうか?」
季節感や風情をかたどった飾り包丁までしてあるよ、にくいねぇ~。
生意気にも料理人のプライドを刺激してくる。
皆の気持ちが嬉しいからね。
ここで作らせてと頼めば、作らせてくれるだろう。
プロの料理人相手なら、俺もプロ目線で厳しく評価するよ。
下手したら俺より上手かも……。
よくもまぁ、こんだけエース級を揃えてきたよ。
ざらつきもなく、なめらかだ。ただ、出汁が少々濁っている。
目玉焼き?
辛口で評価しても、八十點オーバーの高得點が続いていく。
あまりじゃけんにしても彼らが可哀想だ。
というか待てよ。
さてさて君達は、何を作ったのかな?
素人が作ったにしては上出來だ。
「ティレア様のお手を煩わせない。ティレア様の舌をご満足いただける食事を提供できます」って自信満々に言い放つのだ。
ほぉ、ほぉ、驚きモモノキ、なかなかやりやがる。
あまりプロの料理人を舐めてもらったら困る。
それって、俺以上の料理を作れるって言っているようなものだよ。
さっきから、オルがやんややんやとアピールしてくる。第二師団が一番だと、他に類をみない最上級の料理を用意しているってね。
「「はっ」」
それから一口、二口と口に入れ、食感を確かめる。
以前、素人の出る幕ではないとぴしゃりと言ったからね。いみじくも俺自身が言った言葉に責任を持つ。
軍団員達が満足げに話をしている。
俺の代わりに料理をするって、どういう意味かわかってる?
オッケイ、オッケイ。
先ほど食べた麻婆豆腐をもう一度スプーンですくって食べる。
見た目は、立派そのもの。まるでプロの料理人が作ったみたいだよ。
オルはもちろんドリュアス君や変態ニールゼン、軍団幹部達が、一同揃ってそんな感じだった。
本當に上手だ。
「「御意にございます」」
以前「素人が料理するもんじゃありません。食材の無駄でしょ」って注意したことがあった。それから俺が料理するのに何も文句は言わなかった彼らが、今日はなぜかしつこかった。
同じようにチンジャオロース、パエリア、パスタを審査する。
それとも卵焼き?
料理人として厳しく評価した。
皆、俺に甘いから。
素人料理だから期待はしてない。でも、大丈夫。焦げてても食べるよ。
そうであるならば、練習の成果を俺に見せたいに違いない。
「まぁまぁね。でも、少し火の通りが荒いかな。豆腐が少し崩れている。それに香辛料も微妙ね。もっと柔らかいパナパの葉を入れてたら、味がマイルドになって、よかったね。うん、八十五點」
ま、まぁ、形はマネできても味が大事だからね。
採點は、甘めにする。プロ目線で評価すると、だめ指摘ばかりになるからね。それではやる気を無くす。
こ、こいつら……。
ここからは本気だ。
とまぁ、むむむってところもあったが……時間とともに、徐々に考えを改めた。
一日署長ならず一日邪神軍ってやつだきっと。
俺一人で料理をするのは大変だと、俺のためを思って行動してくれたのだ。
プロの味は、真似できない。
……うん、やるな。
ふと疑問に思った。
ん!?
だが、俺もプロの料理人だ。
いや、ロゼッタ・プラトリーヌことお嬢と料理特訓してなかったらやばかった。
いやいや賄い作らせて!
こいつら間違いない。全員B、いやA級の料理人だ。王都に來る前の俺ぐらいの実力を持っている。
そして……鐘の音がゴォーンと鳴る。
「そうでございましょう。これでティレア様のお手を煩わせることはないかと」
たまには、誰かに食事を作ってもらい食事を楽しむのもありだな。
とまぁブリッコしてても始まらない。
俺を驚かすために、ひそかに料理の練習をしてきたみたいだし……。
情に訴えるよりも、味で勝負する。
う~ん、ティスティー♪
今日は、俺の代わりに軍団員達が料理をしてくれるらしい。
えっ!? こいつらまじで俺の賄いをやめさせようとしている?
スプーンですくい、まずは香りを楽しむ。
手近にある麻婆豆腐をスプーンですくって食べる。
「うん、なかなかだね」
こいつら全員、有名料理店の看板料理人であろう。
和洋中揃ったラインナップ、色彩鮮やかで旬の食材を取り入れた料理だ。
どれも一級品だった。
できれば、これを機會に料理に興味を持ってくれたら嬉しい。
お前ら、なかなか言うじゃない?
食事の時間だ。
麻婆の風味を鼻で嗅ぎ、舌で転がすようにして食感を確かめていく。
これだけの料理人だ。自分の店を持っているだろう。いくつもの料理人を従えた総料理長しててもおかしくない。邪神軍のお遊びにいつまでも付き合えるはずがないよね。
いただきまぁ~す!
「そうですな。これで我らも肩の荷が下りましたぞ」
料理擔當の軍団員同士で、料理を競い合っているんだろう。
俺こそが邪神軍のコックさんだ。
作った人もプロの料理人からどう評価されるか気になるだろうし。
見た目からすげーって思ってたけど、一口食べて確信した。
「もしかして、いや、確実に板前変えたでしょ」
うん、八十二點、八十八點、八十點だね。
テーブルに着き、料理を待つ。
邪神軍では、料理が一番できる人が軍団員達の賄いをするのだ。
「しかも、新しい軍団員はプロ・・の料理人ね!」
ただ、味の批評はしてあげよう。
これは……。
皆の気持ちを汲んであげよう。
他の料理人なんて認めない。認めないんだから、プンプン!
素人が高級食材を扱うのは、正直まだ抵抗はある。ただ、もともと俺がどうこう口出す権利はなかったのに気づいた。食材は、オル家の資産で購入しているのだから。毎日食材を無駄にするならまだしも、今日ぐらいはいいだろう。
プロの料理人なんか連れてきて、邪神軍での俺のポジジョン取らないでよ。
麻婆豆腐、チンジャオロース、炒飯、パエリア、パスタ、ニース風スパゲッティ、だし巻き卵、ササキエビの天ぷら……。
「あなた達、今回の料理人って今日だけ特別に呼んだのよね? それなら結局、今後も私が料理しなければならないじゃん」
「いえ、奴らは邪神軍の【軍曹】【伍長】の地位に就かせ、ティレア様に永久の忠誠を誓わせております。ティレア様のお眼鏡に葉えば、今後も継続して邪神軍の臺所を預からせる予定でございます」
「さ、さいですか」
なるほど。軍団員達の言葉を鵜のみにすれば、彼らはこんなお遊び軍団に永久就職したらしい。
まじで?
それでもA級料理人かよ。
自分のお店 or 今まで勤めていたお店はどうすんの?
家の都合なのか、オル家の権力に屈したのか、はたまた大金に釣られたのかわからない。
でも、本物の料理人なら、こんなふざけた遊びの軍団で料理を続けるわけがない。
だいたい軍曹? 伍長だぁ?
俺が前に雑談で言ってたやつじゃんか!
俺が適當に作ったその地位で彼らは納得しているのだろうか? 納得しているなら、それでよい。
ただ、そんな不真面目な料理人に負けてたまるか!
俺は、本気で料理に取り組んでいるのだ。
A級料理人の諸君、殘念だったね!
今日のティレアちゃんは、一味違う。美味しいなんて一言も言ってあげないんだから。
それから殘りの料理も審査していく。
「いや、なかなか上手いムニエルではあるよ。ただ、惜しい。もう少し味にアクセントが欲しいところね。八十一點!」
シビアに粗さがしをしている。
普段であれば、ブラボーブラボーって叫ぶくらい料理のレベルが高い。
「ニール、あなたモチキチをよく連れてこれたわね」
危なかった。
モチキチは武闘派料理人なのだ。
十六歳の少女?
「それではこちらの料理はいかがでしょうか?」
はっ!?
「はっ。ティレア様のご推察の通りにございます。きゃつは、このニールゼンが連れてきました」
アンチョビとオリーブを足して、胸肉に圧を加えている。しかも【燻】と【焼】が絶妙なバランスで行われているおかげで歯ごたえも抜羣だ。
とにかくだ。
邪神軍の料理番は、自力で勝ち取るのだ。
この完成された料理をどう表現しようか?
「うっ!? 美味――な、なかなかの炒飯ね」
例えば、味王モチキチの逸話に、食のマナーがなっていなかった高位貴族の跡取り息子を廃嫡に追い込んだなんて話もあるんだよ。
パラパラで、ふわっと口の中に濃厚な香りが広がっていく。
料理の組み立て方もさることながら、切り方や添え方も洗練されている。
「さすがモチキチ。完成度の高い炒飯だった。でも、ほんの少しネギに熱が加わってなかったね。炒飯は、具材に均等に熱を入れなきゃだめ。九十五點だね。いや、惜しかった。百點じゃないよ」
「あなた達、Sランク料理人まで連れてきてたの? これ作ったのモチキチよね?」
いちゃもんに近いけど、一応粗は粗だ。
変態ニールゼンがどんと胸を叩き、どうか面倒を見てやってくれといった顔をしている。
逆恨みしたバカ息子と護衛相手に大立ち回りしたっていうし。
これだけ炒飯をパラパラにするには、強火で一気に水分を飛ばさないといけない。
ガラガラ鳥のソテーである。
ひととおり食べ、評価を繰り返す。
「ティレア様のご懸念は、承知の上でございます。確かにきゃつの戦闘力は、我らと比べれば塵芥のようなもの。ただ、料理の腕前は確かでございます。邪神軍の臺所を預けても問題ないかと。なぁに、仮に敵に襲撃されたとしても、私がフォローをしますので」
こ、これは……うん。
つい言ってしまった。
タイミングが大事。
う、美しい。
でも、すがすがしい負けだ。
炒飯は、料理の基本が詰まっている。
これは粗がない。
正直に言おう。
そう、まるで大空を舞う不死鳥のような味だ。
本人の前で脆弱なんて言おうものなら、お鍋でペシャンコにされるだろう。S級料理人相手に下手な勧誘をすれば、抹殺されてもおかしくないのだ。
変態ニールゼンが一歩前に出て、自信満々に発言した。
「美味い。美味いじゃない! あっ!」
「ドリュアス君、この料理を作った料理人について教えてくれる?」
思わず美味いと言いそうになった。これはやばいくらい美味かったぞ。
変態ニールゼンが俺の弟分を連れてきたぞ風に紹介してくる。
炒飯のお米一粒一粒が均等に立っていて、見ていて気持ちがいいぐらいだ。
手始めに、この炒飯を分析してやろう。
うん、そうだね。プロの料理人は、素直に認めるべきものは認めるのだ。
まてよ。この味、どこかで食べたな。
うん、もういいや。
Sランク料理人は、単純なお金では動かない。それこそ、その人のハートにがっつり響かないと絶対に料理なんて作ってくれないんだよ。
いくらあのモチキチとはいえ、そう簡単に邪神軍の臺所を渡せない。
今まで培ってきた料理スキルをフル動員して探った。
ネギに火が通ってないって言ったけど、本當は誤差の範囲である。
俺も一目見て、気になっていたのだ。
モチキチの批評を終えると、ドリュアス君が新たな料理を薦めてきた。
「はっ。名はジャンと申します。人族の少女で、歳は十六です。彼女は肩書こそAランク料理人でございますが、実力はSランクと言ってよいでしょう」
「レ、レクチャーねぇ……」
【炒】【燻】【焼】【蒸】のサイクルをきっちり抑えてないと、上手くできないのだ。
これは、見た目以上に美味かった。そのおかげで言葉を抑えられなかったよ。
「ニール、モチキチと知り合いだったの?」
でも、俺は同情されて料理はしたくない。
この香り……完璧だ。
味王モチキチを超えた料理と言って良い。
こいつらが何か失禮を働いていたら、俺が代わりに謝っておこう。
コホンと咳払いをする。
世の中には、こんな悽い料理人がいるってわかっただけでドキドキしてきた。
俺より年下ですごい才能だ。
これって老舗【楽々汎】の炒飯だぞ。
「御意。この度の料理人募集の機會に、ティレア様に推薦した次第でございます」
次に、黃金に輝いている炒飯を食べた。
本當に怖いモノ知らずだな。
ドリュアス君がにんまりと笑みを浮かべている。
こんなのを言っていたらきりがない。
相も変わらずの中二っぷりに、何を言っても無駄だとわかった。
さすがは炎の料理人と言われた男だ。焼き加減も完璧、ほとんど粗がなかった。
ここまで完璧な炒飯を作るのは、俺でも厳しいかもしれない。
いいね。
俺の負けだ。
目を皿のようにして観察する。
モチキチの料理は、いずれ越えようと思ってた。
見れば見るほどわかるよ。
【楽々汎】は、連日繁盛している王都でも超有名な中華飯店だ。総料理長がSランク料理人のモチキチで、王室御用達の料理をいくつも抱えている。
胸肉を蒸してあり、その溫かな湯気で食慾がそそられていく。
やってやるよ。モチキチ以上の料理を作ってやる。
「はっ。モチキチめは、脆弱な人間にしてはなかなか気骨がありましてな。何度か戦士の心構えをレクチャーした縁がございます」
いい機會だ。
確かお嬢と一緒に、食べ歩きをしてて……。
一口食べてみる。
そうだ!?
俺が邪神軍の料理番となるため、なりふり構っていられなかった。
あるS級料理人が王様の命令を無視して、料理を作らなかったなんてよく聞く話だ。王命に従わなければ普通に死罪もありえるのに、プライドの高いSランク料理人は、自分の矜持を決して曲げない。
父さんに匹敵する料理人を見つけたかもしれない。
ふっ、邪神軍で一番の料理人って、今後は言えなくなっちゃったね。
でも、いい。
この子となら料理を一緒にしても楽しいかも。
勝負で負けた。ならば情で訴えよう。
「さすがドリュアス君ね。この料理は【百點】よ。文句のつけようがないわ」
「恐縮にございます。彼女なら邪神軍の臺所を預けるに相応しく、十二分に活躍できるかと」
「うんうん、そうだね。で、私からのお願い。最初の趣旨を曲げちゃうけど、私も賄いをするね、というかしたいの!」
「ティレア様……」
「お願い。彼女と一緒なら高みに上れそう」
手を組みお願いをする。
ドリュアス君は一瞬目を丸くしたが、口角を上げて微笑む。
そして、
「ティレア様がそれをお望みとあらば」
片手を前に振り、うやうやしくお辭儀をした。
軍団員達も俺の熱意が伝わったのか、俺が賄いを続けることに納得してくれたみたいだ。
「それにしても、このソースの味は脫帽よ。アンチョビとオリーブがうまく味を昇華させている。私ならシャマの葉かパララの実で代用してたところよ。うんうん、彼女は天才だ」
それからガラガラ鳥のソテーをパクパクと食べながら、べた褒めする。
そして、この料理大會、ドリュアス君が連れてきた料理人ジャンの優勝で締めくくろうとしていると、
「ティレア様ぁああああ!」
アライを煮ると、獨特の苦い匂いがするんだ。
なんか綺麗だ。
どこかの芸人かよ。まぁ、俺が前にちょくちょく使ってた言葉だけどさ。
オルががくりとうなだれる中、
スープの香りがスゥーッと鼻孔をくすぐった。
「わがの何?」
あ、ティムの瞼がぴくぴくと痙攣けいれんを始めた。
「う、う、う……」
このスープ、香りだけではない。見た目も悽く整ってないか?
「ティレア様、申し訳ございません。一口だけでもご賞味いただけないでしょうか?」
「ど、どうしたの?」
これは怒っているな。
スプーンでスープをすくい口に入れた。
ギル君は、そんなティム相手に一歩も引かない。
ティムが席を立ちあがり、その手にオーラを集め始めた。
ドリュアス君ばかり褒めると、オルがすぐにむくれるからね。
「カミーラ様、ニールゼン様、不敬は承知で申し上げます。どうか一口ご賞味ください。口に合わないようでしたら、腹を切り自害します」
ティムの怒りの形相を見てはびびり、ギル君の顔を見ては「大丈夫なのか?」と不安そうに問う。
えっと、えっと、オルが連れてきた料理人の料理はどれだっけ?
というか、あなたはすぐに俺が言った言葉を真似したがるよな。
俺も昔同じ失敗をしたよ。
一目見てわかったから、食べずに後回しにしてたんだよね。
「お姉様、よろしいのですか?」
むっつりすけべのギル君が反論をしてきた。
それどころかこの香り、心地よい風が吹いているかのようだ。
「我が第二師団代表の、空前絶後の料理はいかがでしたかぁああ!!」
具材が調和しているというか、うまくできている。
空前絶後って……。
あれ、あれ?
アライのスープを手に取り、口元に近づける。
ん!? 変だな。苦い匂いがしない。
「いやね、あなたがオルに入れ込むのもわかる。でも、これは失敗よ。プロだからわかるの」
あれ、なんでそう思う?
「ギルよ。お姉様が失敗とおっしゃっているのだ。それ以上は、お姉様を侮る不敬とみなす」
「ギルバート・ボ・バッハ! 貴様がそこまで愚かで不忠だったとはな。失望したぞ」
「はっ、さようにございます。參謀殿推薦の小物料理人とはわけが違います。我が第二師団が見つけた、はるかにすぐれた空前絶後の料理人でございます」
ギル君は、そんなオルに「大丈夫ですから」と母親の如き慈愛の眼差しを見せていた。
失敗作だよね、これ?
うん、これは収拾がつきそうにない。俺が仲裁するしかないだろう。
「失敗ですとぉお!!」
まぁ、いいけど。
失敗だって言っているのに、ギル君がすごい真面目な顔で食い下がってくる。
「はいはい、わかったわかった。空前絶後はもういいわ。でもね、殘念だけど、これは失敗ね」
オルが悲痛な叫びをあげた。
「ふふ、我の言葉に従わぬか……よかろう。切腹するに及ばず。我自らお前のそっ首を狩り取ってやる」
電流がビリビリと頭の先からつま先まで走ったかの如くだ。
「そこを曲げてお願いします。どうか一口、一口だけでも」
斷固とした決意で訴えてくる。
でも、もうあらかた食べたよね?
「いやいや、全部が全部完成された料理を持ってこられてもね。こういうのもないと面白くない」
あまりの衝撃で言葉につまった。
まぁいい。
「わが、わが――」
「そ、そ、そんな失敗作だったとは……」
「うっ!?」
オルは、そんなティムとギル君の顔を交互に見比べながら震えていた。
おいおいギル君がしつこく食い下がってくるぞ。いつもはオルとは違い控えめなのに、珍しい。
ひたすらご賞味くだされと頭を下げ続けている。
オルの顔も立てないといけない。
あ~思い出す。
「うん、食べなくてもわかる。アライを煮るのはご法度なのよ。この手の失敗は、プロになりたての頃によくやっちゃうのよね。でもね、プロ中のプロは見逃さない」
それでもギル君の態度は変わらない。
食べてみればわかる。
うん、うまくできているよな?
あえて食べずにいたアライのスープを指さす。
「いいよ、いいよ。確かにギル君の言う通りよ。せっかく私のために作ってくれたのに、口をつけないのは失禮だからね」
ティムがギル君をフルネーム呼びで怒鳴り、変態ニールゼンも會社の上司の如く叱吒した。
素晴らしい數々の料理の中で、これだけは失敗作だった。
「ギルよ。貴様はオルティッシオとは違う。有能な戦士と思えばこそ、少將の中でトップに位置する【上級少將】の地位につけたのだ。頭を冷やせ。ティレア様、カミーラ様の顔に泥を塗るではない」
他に食べてない料理……。
先達者としてきっちり批評して、これを作った料理人にアドバイスをしてあげよう。
「あ~もしかしてあれ?」
「あ~もうわかった、わかった。君達ケンカはしないの。食べればいいんでしょ。食べれば」
「ティレア様、お待ちください。オルティッシオ隊長の言葉に偽りなし。これは優れたスープでございます」
「ティレア様、どうされましたか?」
「お、お姉様?」
「う、うめぇええええええ!! めちゃくちゃうまいじゃないのぉおおお! なにこれなにこれ! 信じられない。信じられない」
このスープ、料理の常識を覆す一品だ。
この世には、ここまで美味で至高なスープが存在したのか!
革命だ。産業革命ならず料理革命きたよぉ!!
もう一口、二口すする。
うまい、うますぎる!
一口ごとに濃厚な旨味と香ばしさが加わり、極上の味を醸し出している。
「ティレア様、我が第二師団で用意した料理はいかがでしたか? 空前絶後だったでしょうか?」
「いや、空前絶後すぎるわぁあああ! なんじゃこりゃあああ! あなたは、本當に私を驚かせてばかりだよねぇえ!」
オルの問いに鋭い突っ込みを入れた。
このハイスペックな料理……。
俺は料理を口にしたら、だいたいの食材や組み立て方がわかる。
これはほとんど料理の構成がわからない。
ただ、確実に言えることがある。この料理は、父さんの料理を越えている。
正直、俺はこの世に父さん以上の料理人なんていないと思っていた。
モチキチはいい線言ってたけど、まだ背中が見えている。
なんだよ、なんだよ。
王都に來て料理力は上がった。お嬢というライバルと呼ぶべき存在とも出會えた。
お互いが刺激し合い、切磋琢磨してきた。
オルの口上途中だが、無視して席を立つ。
ダイニングを出て、廚房に小走りで向かう。
廚房に入り、聲を上げる。
片手にアライのスープを持ち、いざ出陣だ。
味王モチキチのようなSランク料理人を越え、いつか父さんのような料理人になるって、料理の高みを目指してきたのに。
自信を失い、ふらふらと立ち眩みを起こしながらも、聞かずにはおれない。
「えっ? 家畜? 意味がわからない。ふざけないでちゃんと説明して」
オルに鼻息荒く問い質してみる。
あるいは、自分が超野菜人に目覚め宇宙一だってイキってたら、「オッス!」って破壊神が現れた感じ?
「御意。では順に説明いたします。わが第二師団は、ご存じの通り獣人の集落周辺を制圧しておりました。今回の料理人を見つけてきた背景は、黃金世代と抜かす脆弱な獣人共を蹴散らしたところから始まります。獣人共め、私の戦闘力に恐怖を抱いたようで、情けなくも次から次に降伏を――」
いきなり冷や水をぶちかけられた気分だ。
「はっ。これは家畜の中でも特に料理に秀でた家畜でございます。この家畜を見出した我が第二師団の功績を――」
「このアライのスープを作ったのは、誰よぉお!!」
自分が富士山になってイキってたら、エベレスト山が「よぉ!」って現れた感じ?
蓬萊山から味仙人、いや天界から料理神を連れてきたって言っても信じられるぞ。
オルが「ティレア様、ティレア様、どうなされましたか?」と言いながら追いかけてくるが、無視だ。
オルに聞くより、直接廚房に乗り込んで聞いたほうが早い。
この衝撃、どう例えたらいい?
話にならん。
「これを作った料理人は誰よ!」