第五話「天才料理人シロ 料理を試される」
《緹蕾婭的煩惱》 · 裏奈使徒 · 3981 字
ベジタ村が降伏して三日が過ぎた。
皆、目は虛ろで生ける屍となっている。
これまで狼フェンリル族は、戦に負けても全面降伏した事はなかった。局地戦で負けても、ここぞという勝負では負けなかったからだ。
今は違う。
オルティッシオの圧倒的暴力にひれ伏している。
皆、一様に不安が顔に滲にじみでていた。オルティッシオは、村の皆を家畜と侮蔑し、戦士として扱わない。クワを持って、ひたすら田畑を耕せと言う。
まさに奴隷。
まぁ、僕はもともと奴隷も同然な待遇だった。上で命令する者が代わろうと、それは変わらない。
腕力に劣る僕は、畑仕事もろくにできない。
オルティッシオ達の體力検査で早々に弾かれてしまった。
僕は、いつもどおり皆の料理を作っていればいいのだ。戦がない分、少しだけ気が楽かもしれない。
いつもの日常が始まる。
さて、まずは食材の調達だ。山菜を取りに行こう。
リュックを背負って、村の外れの山に入る。
途中、オルティッシオを見た。
オルティッシオは村の中央にある高臺に陣取り、皆を監督している。
厳しい目つきだ。
「働け、働け、家畜共! 休みたいとかサボりたいとか抜かしてみろ。その時は死ね。腹をかっさばき、死んでティレア様にお詫びをするのだ」
オルティッシオが唾をまき散らしながら激を飛ばしている。
悽い……。
あ~あ~村でも粗暴で嫌な奴だったけど、こうなると憐れだ。
代わりにエディムがオルティッシオに代弁してくれた。
リュックから大鍋を取り出し、料理臺を設置する。そして、腰に下げていた包丁を手に取り、芋の皮をむく。むいた芋は順に大鍋に入れていく。
「ふっ、だれがだれを怒るのだ?」
オルティッシオの機嫌一つで死につながる。
慌てて平伏しようとするが、ギルさんは手でそれを制した。
鬼オルティッシオの言葉だ。
首を振ってその場を通り過ぎようとすると、
オルティッシオの剣幕に皆が恐れていた。
ギルさんがあきれた顔で言う。
「オルティッシオ様、そいつ既に死んでますよ」
ギルさんは、オルティッシオの部下だ。ただし、彼はオルティッシオと違い理知的な人である。
今、料理係として村に殘れているのも、この人のおかげである。
絶対的強者に抗える者などいないのだから。
朝から何も食べていない村人達、さらに十時間以上もクワを振っているのだ。ここで飯がなければ、確実に暴動が起きる。
まぁ、死にたくないもんね。
ふっくらと大きい芋を手に取る。
皆、アジャと多少なりとも同じ気持ちだったと思うが、不満を顔には出さない。
「これで料理を作れ」
とりあえず、作ろうとしていた力汁スープを作ろう。
オルティッシオはアジャの胸倉を摑み、ゆさゆさと振り回す。
そうだった。今やベジタ村の住人は、ジャシン軍の奴隷である。ギルさんの命令を覆せる住民なんていないのだ。
アジャ、既に死んでいるのに……。
鋼の肉體と知性を宿した目をしている。
今まで族長以下理不盡な命令をいくつも聞いてきたが、オルティッシオの命令ほど悽まじいものはない。
ここまで持ったのも、それだけオルティッシオが恐ろしかったからだ。だが、とうとう限界が來たらしい。
アジャは略奪は大好きだが、こういう地味な作業を極端に嫌う。
彼らはかれこれもう十時間以上は、クワを振っているのだ。ご飯も食べず、少量の水を飲むことのみ許される。
山菜のある場所に向かおうとしていると、
神速で駆け寄り、アジャの顔面に拳を叩きこんだ。
ギガント様よりベジタブル様よりオルティッシオより上の化け物なんかとかかわることなんてないだろう。
「わかりました。この食材を使えばよろしいのですね?」
エディムは、こうやってちょくちょくオルティッシオに物申している。
まぁ、僕には関係のない話か。
いくら村の戦士達が屈強とはいえ、限度があるだろうに。
「そんなのはどうでもいい」
うぅ、恐ろしい。
怒られるどころでは済まされない。
艶やかで生命力に溢れた食材ばかりだ。
さっと持ち場に戻り、クワを振るい始めた。
「なに? 貴様、勝手に死ぬ奴があるかぁああ!」
皆もそう思っているが、口には出せない。
想像しただけで身震いしてくる。
オルティッシオは、アジャの不平をみなまで言わせなかった。
それもそうだろう。
稲一粒でも多く収穫させる。
「あ、はい、なんでしょう?」
ここでは命が軽い。
「あ、あの一體……? これから僕、皆のご飯を作らないと」
きっと力と破壊の権化のような怪物だろう。
アジャは、蛙の潰れた聲を出し、ピクピクと痙攣をしている。
アジャの死體ははるか彼方にふっとび、そのままてんてんと転がっていく。そして、そのまま崖から落っこちてしまった。
「シロ、一つ頼みがある」
「やってられっかぁあ!」
「俺は農夫じゃない、戦士だぞ。ふざけるな。略奪でもなんでもやってジャシン軍とやらに貢獻してやるよ。なんならアンタのために今から女でも浚ってきて――ぐぎゃ!」
「シロ、少し待て」
一片だけでも、栄養価が十分に詰まっていた。普段は、食材を掛け合わせて栄養価を凝縮するが、その必要はない。
どうでもいいって……。
獣人の一匹や二匹、生きようが死のうがお構いなしって感じだ。
おばあちゃんに聞いたことがある。これがA級食材というものだろう。ろくに作物も育たない村だから、こんな高級食材見たことがなかった。
「で、でも、ご飯を作らないと怒られてしまいます」
あ、ギルさんだ。
「あぁ、そうだ」
いくら貴族とはいえ、エディムみたいなか弱そうな女の子がなぜ兇悪なジャシン軍にいるのかわからなかったが、オルティッシオへの突っ込みに必要なんだと理解した。
僕を呼び止める人が現れた。
すごい。
ギルさんは背中に背負った大袋から食材を取り出し、地面に置いた。
ばらばらと大量の芋や野菜などが転がる。
あぁ、怖い怖い。
振り返ると、屈強な男が立っていた。
これまでの経験でわかる。ここまで腹をすかした村人達の前で飯がないなんて言えば、確実に殺されるだろう。
「貴様、だれが休んでいいと言った! さっさと手を動かせ」
體力検査に落ちた僕が、処分されかけた時、雑用する人材も必要と言って命を助けてくれた。
アジャは、牙を剝きだしにして憤慨している。
僕も食材の調達に行こう。
オルティッシオは、ふんと鼻息を鳴らすとまた激を飛ばす。
オルティッシオが雄叫びをあげてアジャを投げ飛ばす。
このオルティッシオを従えるティレアとは、いったいどんな化け物なのだ?
ベジタ村の戦士アジャがクワを地面に叩きつけて不満をぶつけた。
アジャは怒聲を上げて猛抗議する。
「ここ數日お前を見ていた」
スープの出汁を取っていたら、ギルさんが話かけてきた。
岩石に腰をかけて、じっと僕を見つめている。
「お前は優れた料理人だ」
「あ、ありがとうございます」
「ただ、それを確信まで持っていきたい」
「確信ですか……」
「あぁ、お前は村の奴らを基準に料理を作っているな?」
「基準?」
「つまりだ。料理をする際、配分を質より量としている」
ギルさん、鋭いな。
村の皆は、腹が空くと狂暴になりやすい。できるだけ腹がふくれるような料理を心掛けていた。味は美味しく、ただし最低ラインの美味しさだ。村の乏しい食料事情では、味と量を両立させるのは至難の業だから。
「さすがです。村の人達は、食慾旺盛でとにかく量が必要でした」
「やはりな。では、今回は美食をメインに作ってくれ」
美食?
つまり美味しく作ればいいだけか、簡単だ。
いつもは腐ったもの、食べられないものを食べられるように工夫しなければならない。
このA級食材ならば、目をつぶっててもできる。
あ、違う。
これだけ厳しいジャシン軍なのだ。僕には到底考えもできない意図が隠されているのかもしれない。
なぜ僕に?
多分、合格點はもらえたのかな?
おばあちゃん、安心して。僕は死なないから。
「は、はい」
美食、美食……どういうことだろう?
ギルさんの同僚が交代で常にはりついてくるからだ。まるで人族が言っている護衛みたい。
スープを全て飲み幹したギルさんは、どこかに出かけてしまった。
料理は、僕が生き抜くための唯一の術である。料理で手を抜くことは死ぬことと同義だ。
そして……。
もしかしてまずかったのかな?
「ふふ、そう怖がるな。ただお前の料理の腕を知りたい。それだけだ」
ギルさんに言われなくてもわかっている。
美食、美食……。
「緊張するな。気楽に考えていい」
沈黙が怖い。
これだけの高級食材を使えば、簡単に【美食】なんて極められる。
僕の身にとんでもないことがおこったのである。
美食に比重を置いたスープ、フォーティャオチァンだ。
いつもどおり。
あまりの美味しそうな香りに修行好きの戦士ですら、修行をほったらかしてやってくると言われた民族料理である。
一口スープをすする毎にずっと何かを考え込んでいる。
數十分後……スープが完成した。
料理で手を抜く……ありえない。
僕は、なぜか村の皆にいじめられなくなった。
力こそ正義のベジタ村で貧弱な僕が生きてこれたのは、料理ができたからだ。
「あ、あの、どうでしょうか?」
去り際に「よくやった」と言ってくれた。
しきりに頭をひねり考えていると、
その後……。
一応、渾身の力で作ったんだけど……。
ギルさんが怖い顔で言う。
ギルさんは、何も言わない。
その答えがわかったときは……仰天した。
力汁スープではない。
だから僕は、全力を出す。
下手な料理を作れば死ぬ。
ジャシン軍の試験がこんなに簡単なわけがない。
「え、えっと……」
「ただし、手は抜くな。全力で作れ。お前の真の腕を見たいからな」